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トラブル頻発!賃貸アパートの退去費用…「賃貸人負担のケース」と「賃借人負担のケース」の違い【弁護士が解説】 

賃貸物件の「原状回復義務」をご存じでしょうか? 借りたものをもとの状態に戻して返却する義務を指しますが、どこまでを賃借人に負担させることができるのかという点で問題となるケースが後を絶ちません。本記事では、不動産と相続を専門に取り扱う山村弁護士がケース別に賃貸人と賃借人のどちらに回復義務があるのか、解説していきます。

2020年の民法改正で明文化された「原状回復義務」

今回は、トラブルの多い賃貸アパートの退去費用、原状回復義務の問題をご説明します。本稿では、「賃貸アパート=賃料が市場家賃程度の一般的な賃貸住宅」を想定しています。事業用の物件になってしまうと、諸々ルールが変わってしまうためです。

さて、この退去時のトラブルは歴史的にも非常に多いものですが、どのようなトラブルが多いのか、民法の条文も交えてみてみましょう。

もともと、2020年4月の民法改正前には、「借主は、借用物を原状に服して、これに附属させたものを収去することができる(改正前民法598条、616条)」と定められていました。そのため、賃貸人側から、「原状回復義務があるのだから、貸したときと同じ状態に戻して返してくれよ!」と経年劣化した部分も含めて、回復・修繕させるような金銭請求がなされることがありました。

ですが、賃借人が「貸したときと同じ状態に戻す」となると、その間、賃貸人は賃料収入を得ていたにもかかわらず、建物の消耗分も原状回復費用で取り戻せるという、おかしな状況になります。

そのため、民法改正前にも裁判例では、通常損耗≒経年劣化による物件の消耗について、基本的には賃借人が負担する必要がないとされてきました(最高裁平成17年12月16日第二小法廷判決等)。

そして2020年4月には、以下のように民法が改正され、通常損耗については賃借人負担ではなく、賃借人の故意過失によって生じた特別損耗のみが原状回復義務になることが明文上も明確化されました。国交省にて策定されている「原状回復ガイドライン」も同様の考え方です。

(賃借人の原状回復義務)

第621条

賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

したがって、いわゆる自然劣化、経年劣化である「通常損耗」は原則賃貸人が負担し、通常の使用を超える損耗、賃借人の故意・過失によって生じた「特別損耗」は賃借人が負担する、というルールが明確になったのです。

賃借人が負担すべき「特別損耗」とは?

イメージしやすいように具体例を交えてみてみましょう。最近は減ってきましたが、畳や襖(ふすま)、障子などは、経年劣化によりダメージを受けるものです。そのため、基本的に「通常損耗」と考えられます。「壁のクロス」「床のクッション」等も通常損耗といえるでしょう。

他方、台所換気扇の焼け焦げ、ペットを飼育していたことで発生するクリーニング費用、喫煙によるクロス等の汚れ……このあたりは、「特別損耗」と認定されることが多いです。仮に畳の損耗でも、タバコによる焼け焦げでしたら「特別損耗」になりますし、台所換気扇の汚れといっても、一般的な料理をするうえでの油汚れ程度であれば「通常損耗」といえるでしょう。

このように、どの部分の消耗だから「〇〇損耗」と決まるわけではなく、消耗した原因とその程度が大きく影響します。

もうひとつ具体例として、「壁の穴」を考えてみましょう。時計やカレンダー等をかけるために、「押しピン」を指す程度であれば壁のクロスに穴が空きますが、一般的には「通常損耗」と考えられます。他方、「壁付けの棚」を設置するためとか、重量のある絵を掛けたいとか、壁にねじ穴を開けるとなると、「特別損耗」として考えられることが多いといえるでしょう。クロスまではOKでも、「壁自体にダメージ」を与えるのは「特別損耗」というイメージです。

ハウスクリーニング費用の負担は?

このタネの争いは、賃貸人が賃貸契約当初に、賃貸人に有利な契約を押し付け、それを裁判で争われてきたという経緯もあり、賃借人側の費用負担を増す契約はおおむね、

  • 合理的な内容である
  • 賃借人が認識している
  • 明確な合意である

という、3つの要件をクリアしてはじめて認められます。すなわち、明らかに契約上の立場の強さをもとに賃借人に押し付けた不合理な内容であれば、裁判所は無効と認定してきたわけです。

さて、ではハウスクリーニング費用はどう考えるべきでしょうか。これについては、裁判例があり「明渡し時に専門業者のハウスクリーニング代を賃借人が負担する」という条項について、契約書に明記して、内容も一義的に明らかなので有効とされています(東京地方裁判所平成21年5月21日判決)。

近年の契約書では、単にハウスクリーニング費用を負担するにとどまらず、より明確に、5万円前後ぐらいの金額を固定して記載していることが多いかと思います。

「原状回復トラブル」が発生しても慌てずに適切な対処を

さて、具体例も交えてみましたので、賃借人の費用負担か、賃貸人の費用負担かについて、どのように考えるかイメージがわいてきたのではないでしょうか。仮にトラブルになった際には、理屈上認められる金額よりも、トラブルの早期解決のために譲歩することもあるかもしれませんが、大きな方向性としては上記のように考えて対処していきましょう。

また、最初にお断りしたように、今回の記事は、「一般的な賃貸アパート」の契約についてです。店舗や事務所などのいわゆる事業用物件ですと、上記のような内容と異なり「本当に当初借りた状態に戻す意味での原状回復義務」「スケルトン返し」などという契約も有効であり、むしろこちらのほうがスタンダードですので、事業用物件の場合には異なるルールとなるのでご注意ください。

監修:山村 暢彦氏(山村法律事務所 代表弁護士)

監修:山村 暢彦氏(山村法律事務所 代表弁護士)

専門は不動産法務、相続分野。実家の不動産トラブルをきっかけに弁護士を志し、現在も不動産法務に注力する。日々業務に励む中で「法律トラブルは、悪くなっても気づかない」という想いが強くなり、昨今では、FMラジオ出演、セミナー講師等にも力を入れ、不動産トラブルを減らすため、情報発信も積極的に行っている。


クライアントからは「相談しやすい」「いい意味で、弁護士らしくない」とのコメントが多い。不動産・相続のトラブルについて、自分ごとのように解決策を提案できることが何よりの喜び。


さらに不動産・相続法務に特化した業務に注力するため、2020年4月1日、不動産・相続専門事務所として山村法律事務所を開設。


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