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経営するアパートの10年来の借主が退去も…寂しいとは言っていられない「原状回復費用」【弁護士が解説】

賃貸の平均居住期間は約4年といわれているなか、5~10年同じ借主が同じ物件に住み続けると、アパートオーナーとしては、情が湧き、借主退去の際には寂しさを感じることもあるかもしれません。しかし、そうした長期間同じ借主が同じ部屋に住み続けたケースでは、貸主負担の原状回復費用が高額になることもあるとか……。一体なぜでしょうか。賃貸・不動産問題の知識と実務経験を備えた弁護士の北村亮典氏が解説します。

2020年に改正民法で明確化された「原状回復義務」

同じ借主が同じ部屋に住み続けた場合、居住期間が長くなればなるほど、借主が退去した際の、居室内の壁クロスや、床等の損傷や汚れの度合いも大きくなっていることが一般的です。

この点、建物の賃貸借契約が終了し、借主が建物を明け渡す際に、借主はこれを原状に復して返す義務があります。この「原状回復義務」については、2020年4月1日から施行された改正民法において以下のように明確に定められています。

【民法621条】

賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

このため、借主が退去する際に、通常は、貸主と借主双方が立ち会って、傷や汚れの個所を確認したうえで、貸主側が依頼したリフォーム業者の見積書を前提にして、後日、貸主と借主とのあいだで工事費用の負担割合とその範囲について協議が行われることになります。

もっとも、借主が居住する期間が長くなればなるほど、貸主側が負担する工事費用の割合が高くなり、借主側が負担する割合が低くなる、というのが大方の傾向です。それはなぜでしょうか。

住む期間が長いほど、貸主負担の原状回復費用が高額になるワケ

原状回復では、壁クロスや床などすべて借り始めたときの状態の、いわば「入居時の状態」にリフォームする費用を借主がすべて負担すべき、と主張される貸主も以前は多くみられました。

しかし、先ほど紹介した民法621条では、借主が負うべき原状回復義務とは「通常の使用および収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化」を除いた損傷部分について、これを入居時の状態に戻す義務と規定しています。

つまり、長年居住していたことにより経年劣化により生じた損傷または汚れについては、借主は原状回復義務を負いません。そのため、同じ借主がその賃貸物件に居住する期間が長くなればなるほど、「通常の使用および収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化」の割合が高くなり、その結果、借主が負うべき原状回復費用も減ることになります。

たとえば、国土交通省が作成した「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」によれば、壁紙やクロスの経年劣化については、一般的には6年程度が耐用年数とされています。したがって、借主が入居してから6年が経過した場合には、壁紙やクロスは経年劣化により価値が0円となりますので、借主が原状回復において費用負担する必要がないということになります。

なお、経年変化ではなく、借主の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損(たとえば、タバコのヤニ、不注意による壁のひっかき傷、壁のくぎ穴など)については、借主が原状回復義務を負うことになりますが、この場合であっても、建物や設備等の経過年数を考慮し、居住年数が多いほど借主の負担割合が減少していきます。

したがって、居住年数が長い借主の場合には、貸主が負担すべき原状回復費用は高額となるわけです。

経年劣化による損傷や汚損を「借主負担」にする方法

そうであれば、たとえば賃貸借契約時に、借主の居住年数が長くなりそうなことが見込まれる場合、賃貸借契約の特約によって「通常の使用および収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化」についても、終了時に借主が原状に復する義務を負うと定めることも考えられます。このような特約は有効となるのでしょうか。

まず、民法621条は強行法規(当事者の合意によっても変更が認められない法規)ではありませんので、621条と異なる内容の原状回復に関する合意を貸主と借主間で行った場合も、原則として有効となります。

しかし、賃貸物件が居住用であり、かつ、借主が個人の場合には、賃貸借契約には消費者契約法が適用されることとなります。そのため、この問題については、大阪高等裁判所平成16年12月17日判決が、通常損耗・経年変化部分についても借主に負担させるとする特約は、「賃借人の義務を加重し、信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するもの」に該当するとして消費者契約法10条によって無効と判断しました。

この事例では、賃貸借契約の締結時に原状回復に関する文書を借主に交付し、その文書では原状回復すべき内容を冷暖房、乾燥機、給油機等の点検、畳表替え、ふすま張り替えなどと具体的に掲げ、貸主が原状回復した場合の借主の費用負担額の基礎となる費用単価を明示していました。

しかし裁判所は、この点について、

自然損耗等についての原状回復の内容をどのように想定し、費用をどのように見積もったのか等については、賃借人に適切な情報が提供されたとはいえない。

本件原状回復特約による自然損耗等についての原状回復義務を負担することと賃料に原状回復費用を含まないこととの有利、不利を判断し得る情報を欠き、適否を決することができない。このような状況でされた本件原状回復特約による自然損耗等についての原状回復義務負担の合意は、賃借人に必要な情報が与えられず、自己に不利益であることが認識できないままされたものであって、賃借人に一方的に不利益であり、信義則にも反する。

と判断して、無効と解釈しました。

この判例の解釈を踏まえると、通常損耗・経年変化部分についても借主に負担させる特約を定める場合、借主が負うべき原状回復の範囲を契約で明確に特定するだけではなく、借主がこれを負担する合理的な根拠(通常損耗を借主が負担することを前提として賃料を安く設定した等の事情)を貸主から借主に説明し、通常損耗部分の原状回復費用の概算も明示するなどして、情報提供も十分に行うことが必要なのです。

敷引特約を設定することも検討の余地あり

以上のように、借主の居住期間が長くなればなるほど、借主が負担する原状回復費用は低くなる傾向にあり、10年以上借主が居住していたような場合であれば、借主が負担する原状回復費用は発生せず、貸主がすべて負担するという場合もあり得ます。そうなると、貸主が契約時に預かっていた敷金は、ほかに借主の債務がなければ全額返還するということになります。

そこで、貸主において多少なりとも原状回復費用のために敷金を留保するための手段として、賃貸借契約時にあらかじめ敷引特約(敷引きとは、賃貸借契約終了時に預かった敷金の一部を返金しないことをいいます)を定めることも検討の余地があるところです。

もっとも、敷引きの金額を高額に設定した場合、やはり消費者契約法により無効とされるという判断が最高裁でなされていますので、この点は注意が必要です。

監修:北村 亮典氏(こすぎ法律事務所 弁護士)

監修:北村 亮典氏(こすぎ法律事務所 弁護士)

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。神奈川県弁護士会に弁護士登録後、主に不動産・建築業の顧問業務を中心とする弁護士法人に所属し、2010年4月1日、川崎市武蔵小杉駅にこすぎ法律事務所を開設。


現在は、不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理等に注力している。


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