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アパート経営の火災保険「代位求償権不行使特約」とは?【FPが解説】

アパート 火災保険

アパートオーナーが加入する火災保険。火災保険にはさまざまな「特約」を付帯することができますが、そのなかにある「代位求償権不行使特約」をご存じでしょうか? 本特約は、経営するアパート内で火災が起きてしまった際に、入居者とのトラブル回避に役立つものです。具体的にはどういった場合に役立つのか、本特約の内容について長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。

20年来の優良入居者がボヤ騒ぎ!修繕費に300万円…

経営するアパートに20年間にわたって住んでくれていて、家賃の滞納も近隣トラブルも一度もない、非常に優良な入居者(女性)がいます。いつもきれいに部屋を使っているようですが、ある日、てんぷら鍋からの引火でボヤ騒ぎを起こしてしまいました。

幸い、入居者が消火スプレーを持っていたことと消防署への通報が早かったことから、比較的早くに消し止めることができました。しかしキッチン周りの壁と天井が真っ黒に焼け焦げてしまいました。換気扇、その周りの配線、コンセントも溶けています。

アパートのほかの入居者には影響がなかったものの、このキッチンの修繕にはどうやら300万円程度かかる見込みです。

こんなときに役立つのが火災保険ですが、実はこの入居者、火災保険(家財保険)に加入していませんでした。そもそも賃貸暮らしでも火災保険が必要だとは知らなかったようです。管理会社も、ほかの入居者も含め全員に火災保険を紹介していないとわかりました。おそらく入居者全員が未加入です。

火災保険(家財保険)に加入していれば、借家人賠償責任特約も同時についているケースが多いと思います。この特約によって今回の修繕ができるはずでしたが……。

入居者が未加入のため、オーナー加入の火災保険を使うことに

この火災のケースでは、入居者はオーナーに対して賠償をする責任があります。しかし、オーナーとしてそう簡単にこの入居者に賠償請求をする気持ちになれません。

物件の立地が悪いこと、築古であることなどから、一度空室になるとなかなか埋まらないのです。そのようななか、20年と最も長く入居してくれているこの女性にはオーナーとして感謝もあるし、まだ住み続けて欲しいという思惑もあります。

300万円程度の損害賠償を請求することにより、この入居者との関係悪化を回避するため、オーナーが加入している火災保険を使うことにしました。

入居者の女性は申し訳なさそうにしていましたが、転居する意向もないため、オーナーとしては一安心……。しかし、問題はここから起こりました。

損害保険会社「オーナーに支払った保険金の分は入居者に請求する」

保険金を支払った損害保険会社は、オーナーに支払った保険金の分を入居者本人に請求するというのです。

驚いたオーナーが保険会社の担当者に訊くと、火災保険を使うと「代位求償権」を保険会社が取得したことになるということでした。つまり加害者(入居者)への賠償請求の権利が、オーナーから保険会社に変わるということです。入居者の支払い義務は残ったままなのです。

「そんなことはやめてくれ、出ていかれてしまう……」

オーナーとしては「これじゃ火災保険に入っている意味がないじゃないか」と憤慨してしまいます。これだけを聞くとひどい対応にも感じますが、損害保険会社の借家人に対する法律に則った手続きです。

しかし入居者に対して今回のような対処をされてしまうと、オーナーと入居者の関係悪化は避けられません。損害賠償金を支払ってもらえたとしても、おそらく退去されるでしょう。オーナーとしては優良顧客を失い、経営上のキャッシュフローを悪化させることに繋がります。

そこで重要になるのが「代位求償権不行使特約」です。

「代位求償権不行使特約」とは?

代位求償権不行使特約とは、火災保険に付帯できる特約です。

損害保険会社が保険金を支払った場合、その原因となった加害者が判明していれば、加害者に対して損害賠償義務相当額を求償します。その求償をする権利(求償権)を不行使します(つまり求償しない)、という特約なのです。

上記の例でいえば、入居者の女性に対し、保険会社が請求を行わないということになります。ある損害保険会社の約款を紐解いてみます。

借家人に対する代位求償権不行使特約

第一条 この特約の適用条件
この特約は、被保険者以外の借家人が占有する建物を保険の対象とする場合に適用されます。
第二条 代位求償権不行使
この保険契約の普通保険約款およびこれに付帯された他の特約の代位に関する規定により、被保険者が借家人に対して有する権利を、当会社が取得した場合は、当会社は、これを行使しないものとします。ただし、借家人の故意または重大な過失によって生じた損害に対し保険金を支払った場合を除きます。

借家人に貸した建物を保険の対象とする特約であることがわかります。重大な過失による火災は例外です。重大な過失とはたとえば、石油ストーブに火が付いたままタンクに給油したなどの、故意に近い原因である場合です。

損害保険会社によっては、この特約を付帯しなくても代位求償権を行使しないとされているケースもあります。もし付帯した場合はすべての求償権が不行使とされるので、付帯を検討したほうが賢明です。

当然ながらその特約にはコストがかかります。損害保険会社にとっては本来求償できるはずのお金が入ってこないわけですから、契約者からの掛け金を割増します。

しかし割増の掛け金を支払ったとしても、入居者との関係悪化を回避し、経営上のキャッシュフローを安定させることになるため、付帯しておくことをお勧めします。

オーナーご自身が加入している火災保険に代位求償権不行使特約(名称は保険会社によって異なります)が付帯されているか、担当者に一度確認してみましょう。同時に、入居者には家財保険の借家人賠償責任特約を条件とすることも重要です。

長岡 理知氏(長岡FP事務所 代表)

長岡 理知氏(長岡FP事務所 代表)

2005年プルデンシャル生命保険に入社。2009年より大手住宅メーカー専属FPとして家計相談業務をスタート。住宅購入時の相談は累計3500世帯を超える。2020年に保険会社を退職し、住宅専門の独立系FP事務所を設立。

住宅を購入する時の予算決めと家計分析、リスク対策を専門業務とする。建物の構造・仕様・施工品質による維持費の違いや寿命に着目し、安易な建物価格での比較に警鐘を鳴らしている。


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