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富裕層への課税強化…「1億円の壁」問題、稼ぐ不動産投資家への影響【税理士が解説】

2024年10月7日、石破首相は、総裁選前に出演したテレビ番組で発言した“金融所得課税の強化”について、「貯蓄から投資への流れを引き続き推進することが重要」とし、「現地点で具体的に検討することは考えていない」と述べました。しかし、税収確保のため、今後富裕層への課税強化は十分考えられます。富裕層への課税強化された場合、不動産投資家には、どのような影響がおよぶ可能性があるのでしょうか? 多賀谷会計事務所の宮路幸人税理士が解説します。

「1億円の壁」とは?

日本の個人所得税の税率は、所得が増えるほど税額が高くなる超過累進税率が採用されています。この所得税の仕組みは公平な税負担や富の再配分といった要請に適合し、社会全体の負担を公平にすることを目指しています。

しかし、現実には「1億円の壁」問題が指摘されています。1億円の壁とは、金融資産を多く保有する富裕層ほど税負担率が1億円を境に実効税率が下がっていく現象のことです。なぜこのようなことが起こるのでしょうか。

主な原因は、給与所得や事業所得などと、株式配当や株式譲渡益などの金融所得の税率の差です。給与所得や事業所得などは総合課税となり、最高45%(課税所得4,000万円以上・住民税を含めた場合55%)の税率で課税されています。

その一方で、株式配当や株式譲渡益などの金融所得は分離課税となり、これよりずっと低い15.315%(国税・住民税を含めると20.315%)の税率でしか課税されません。

たとえば、1億円の収入について考えていきます。給与所得の場合、総合課税となるため、約4,800万円の税金を差し引いた手元には約4,900万円が残ります。

※計算の内訳
ここでは単身控除ナシの方を例に考えていきます。

9,805万円(1億円から給与所得控除195万円を差し引いた額)-社会保険料168万円(健康保険料月8万円、厚生年金保険料月4万円×12ヵ月)に対するもの

所得税3,938万400円+住民税964万2,000円=4,902万2,400円

一方、株式譲渡益の場合には分離課税とされるため、約2,000万円の税金を差し引いた8,000万円が残ることになります。

また、給与所得や事業所得は発生の時期を選ぶことは基本的にできませんが、株式譲渡益については、売却するタイミングを調整することにより、所得の実現するタイミングを選んで、分散することも可能です。さらに、金融所得には、ほかの所得に比べて税制上の優遇措置が多く、実質的な税負担が軽くなっていることも一因でしょう。

個人所得税の現状と中間層への影響

石破首相も「iDeCo(個人型確定拠出年金)や新NISA(少額投資非課税制度)の税を強化することは毛頭考えていない」と述べています。つまり、金融所得課税の強化は、高額所得者の税負担の歪みの是正であるといえるでしょう。

政府税制調査会が公表したデータをみると、現状の歪みがよくわかります。令和2年のデータによると、所得金額に対する所得税と社会保険料の負担率は以下のような特徴を持っています。

〈所得階級別の負担率〉

〇最高負担率:所得5,000万円~1億円の層で28.7%と最も高くなっています。
〇高額所得者の負担率低下:

・所得5億~10億円:21.5%
・所得50億円~100億円:17.2%

〇中所得者との比較:所得300万円~400万円の層の負担率17.9%よりも、一部の高額所得者の負担率が低くなっています。

[図表]申告納税者の負担率(所得税+社会保険料)
出所:内閣府 第17回 税制調査会(2022年10月4日)第17回総会 資料1

では、もし金融所得課税の強化がされた場合、普通のサラリーマン等の中間層にとってどのような影響があるでしょうか? 結論からいうと、新NISAを活用していれば、中間層は大きな影響を受けるとは考えられません。新NISAは、非課税で投資できる金額が大幅に増え、多くの人が利用し始めています。この制度が続く限り、金融所得に対する税金が強化されても、中間層は非課税の枠内で投資を行うことで、税負担の増加を避けることができるでしょう。

したがって、金融課税強化の真の目的は、高額所得者に対する課税強化にあるといえるのです。

不動産投資家への影響

では、不動産投資家にはどのような影響がおよぶでしょうか? 金融投資と不動産投資は、一見直接的な関係がないように思えるかもしれません。しかし、金融所得課税が強化されると、不動産投資にも大きな影響がおよぶ可能性があります。

これまで、株式投資は、流動性が高く、税率も比較的低いため、多くの投資家から人気を集めていました。しかし、金融所得に対する税金が強化されると、株式投資による収益が減ってしまうため、魅力が薄れてしまう可能性があります。

一方、不動産投資は、キャッシュフローが安定していることや、物価上昇による資産価値の上昇が期待できることから、長期的な資産形成手段の一つとして注目されてきました。金融所得に対する税金が強化され、株式投資の魅力が低下した場合、相対的に不動産投資への関心が高まるかもしれません。金融所得課税の強化に伴う、株式投資の期待利益率の低下は、株式市場にある程度の影響をおよぼす可能性があると筆者は考えます。

このように「1億円の壁」は、不動産マーケットともつながっているのです。

ただし、金融所得課税が強化されたとしても、すぐに実物不動産マーケットに資金が流れるとは限りません。不動産投資には、株式投資に比べて初期投資額が大きく、また、物件の選定や管理など、専門的な知識や手間がかかるといったハードルがあるためです。

バランスのとれた税改正

税負担の歪みは、日本に限らず世界でも問題となっているところです。富裕層になるほど税負担率が低くなっていくのは「公平な税負担や富の再配分」という税の本来の目的からも沿わないため、金融所得課税の強化が検討されています。

しかし金融所得課税の強化は、新NISA制度の導入をはじめとした「貯蓄から投資へ」の投資を促進する流れを止めるリスクもあります。家計の金融資産の積み増しは消費の好循環の実現にもつながっていきます。税負担についてどのようにバランスをとるのかという税制の公平性については、金融所得課税に限らず、今後も幅広い議論がなされるでしょう。

不動産投資家の方においても、不動産投資にかかる税制のみならず、今後の税制改革の動向には引き続き注目する必要があるでしょう。

<出典>

※ 税制調査会 – 内閣府|第17回総会 資料1|33ページ 申告納税者の負担率(所得税+社会保険料)

https://www.cao.go.jp/zei-cho/content/4zen17kai1.pdf

監修:宮路 幸人氏(多賀谷会計事務所 税理士 CFP)

監修:宮路 幸人氏(多賀谷会計事務所 税理士 CFP)

会計事務所における長い勤務経験・豊富な実務経験により、会計処理・税務処理及び経営や税務の相談など、様々な問題に対応。

強みのある領域は不動産と相続関連。特に相続問題では、税金面だけでなく、家族が幸せになれるトータルな提案を重視している。宅地建物取引士、マンション管理士等の資格も保有。

常にフットワークを軽く、お客様のニーズに応えるのがモットー。離島支援活動も積極的に行っている。


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