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「やはり、言動がおかしい」アパートオーナーの80代・父の異変に戦慄…家族を襲う〈緊急事態〉【司法書士が解説】

認知症を発症することで、資産運営や不動産の売買が困難になるのはもちろん、遺言書による相続対策も困難に……。そうした事態を防ぐ備えのひとつとして家族信託という選択肢が挙げられます。本記事では、アパートオーナーがいる家庭における「家族信託」の重要性を司法書士の近藤崇氏が解説します。

進む高齢化…認知症発症リスクに備えた資産防衛を考える

日本では先進国のなかでも著しく高齢化が進んでおり、同時に認知症患者数の増加が社会問題となっています。厚生労働省の調査によると、2025年には65歳以上の約5人に1人が認知症になるとの予測もあります。特に資産防衛の面では、認知症を発症してからでは対策が間に合わないものも多く、注意が必要です。

認知症になると、原則として資産を動かしづらい状況になります。厳密に言ってしまえば、認知症により、判断能力がなくなってしまった方については、民法上の法律行為は原則できません。

このため専門家としても対策の手段が選べないのが正直なところです。いわゆる「成年後見制度」を家庭裁判所に申し立ててください、と申し上げるしかないことも多くあります。

一方で、成年後見制度は使い勝手があまりよくないと考える人も多いため、認知症対策のひとつとして「家族信託」が多く用いられるようになりました。

「家族信託」とは?

家族信託とは、その名のとおり、「家族(親族)の誰かに、財産の処分・管理等を信じて託す」方法のこと。とても平易に言い換えてしまえば、財産を預ける人(=委託者)の所有権を、「所有」と「管理・処分権限」にわけて、家族の誰かに託す(=受託者)ことです。しかし、家族信託は信託契約という「契約行為」をすることになるため、本人に判断能力が残っている状態でしか行えません。そのため、認知症になる前の対策が必須になります。

アパートを経営する80代・父が認知症に

近頃、アパートオーナーの父の様子に異変を感じる…

今回、司法書士のもとに相談に訪れたのはAさんです。Aさんの父親は80代、父親は首都圏郊外にある自宅と、自宅の裏や近隣に小規模なアパートを何軒か所有しています。更新時の契約は地元の不動産屋に契約書作成を委託していますが、家賃の集金は父親自ら行い、日常の管理・修繕などは、父親が自ら地元の工務店に発注していました。

ただ最近、Aさんが実家に帰った際、父親の様子が以前と若干変わったことが気になっています。数年前に母親が亡くなったあとも家事などは自分で行い、以前はとてもしっかりしていて几帳面な父親でした。

しかし、最近では自宅内で物が散乱している状況も目に付くように。また、前は考えられなかったことですが、冷蔵庫の中に賞味期限切れの食品がそのまま忘れさられており、やや異臭がすることにも気が付きました。当の父親にそのことを指摘しても、あまり意に介していないようです。話をしていても急に話題を変えたり、言動に異変を感じたりすることもしばしば……。

アパートの家賃の集金についても、少し疎かになっている様子がみられます。家賃が滞納気味の入居者についても、そのままにしており、なかには3ヵ月ほど家賃の滞っている部屋もあるようです。

医師「軽度の認知症の症状がみられる」

Aさんは父親に物忘れ外来の受診を勧めました。すると現状は軽いものの認知症の症状がみられること。母を亡くしてから1人暮らしで孤独なため、こうした環境は認知症が進みやすくなる可能性があることも伝えられました。

父親は自営業者だったため年金が少なく、アパートの収入が自分自身の生活の糧であることは理解していますが、しかし今後、アパートを自分で管理していく自信や気力がないことをAさんに話してくれました。

そこでAさんは司法書士に依頼し、父親とのあいだで家族信託の契約を結ぶことにしました。家族信託の契約形態は少し難しいですが、平易にいうなら、本来ひとつである「所有権」という概念を、「所有」と「管理・処分権限」に分離する、と言い換えられます。家族信託とは委託者(この場合は父親)の財産を、受託者(この場合は子)に移転して、受託者が父親(­=受益者)のための財産を管理する契約です。

「家族信託」によってAさんができるようになること

今回のケースでいえば、父親に判断能力があるうちに、自宅および所有するアパートなどの不動産について、Aさんを受託者とするように家族信託で取り決める契約をします。そうしておけば、仮に父親の認知症が進んだとしても、さまざまなリスクを避けることが可能です。

家族信託の受託者であるAさんは、委託者である父親の利益となる行為が認められています。アパートの家賃の収受について代わりに行うことも、管理会社に委託することも、またアパートの大規模修繕を代行して発注することも可能になります。仮に父親の認知症が今後進んだとして、老人ホームへの入居のため自宅やアパートの売却せざるを得ない局面になったとしても、これらはすべてAさんが父親のために代わりに行うことが可能です。

このようにあらかじめ所有と管理権限をわけておくことで、万一のときにでも、スムーズに所有財産の運用を行うことができます。家族信託は、対象となる不動産の登記簿に信託財産である旨の登記がされるため、第三者に対しても信託財産であることが明確です。家族信託は金銭などを信託財産とすることも可能ですが、そのなかでも特に不動産との相性がよいといえます。

「家族信託契約」がない場合に考え得るリスク

もし家族信託の契約がない場合、どうでしょうか。仮にAさんの父親の認知症が進行してしまった場合、前述したように「成年後見制度」を使わざるを得ないでしょう。

成年後見制度は、認知症などの方々の財産を守る、大切な制度のひとつではあります。ただし、成年後見制度の成り立ちは、成年被後見人(後見をされる人)が「意思能力を欠く」ことを前提とし、判断能力を「制限されているもの」として成年被後見人を守る制度です。このため成年後見人の制度は、高齢者の資産を「守る」ことには適しているものの、自由な財産管理や、資産管理・資産防衛のための積極的な活用を目的とはしていないのです。

仮に、意思がはっきりしている以前に、「認知症になったとしても不動産の売却は息子に任せる」と言っていたとしても、成年後見人の立場としては、そのまま言葉どおり、息子の判断で不動産の売却を行うことは制度の趣旨上できません。

一方、家族信託契約を交わして置いた場合は、原則として、信託契約に定められた目的や範囲内においてならば、ある程度自由に財産の管理や処分をしていくことができます。仮に、父親から信託を受けたAさんが、自宅不動産やアパートを売却した場合も、あくまで信託財産の「不動産」が「金銭」に置き換わったものですので、売却したのちの金銭は「信託財産」です。この対価である金銭の管理権はAさんが引き続き父親のために行うことになります。

認知症・相続対策はなるべく早めに

いずれにしても、こうした将来の認知症に備える対策は、親の判断能力がしっかりしているうちに家族信託などの契約を交わしていないと、利用はできません。どんな有益な手段でも、そもそも利用ができない段階になってしまっては手遅れです。認知症対策にしても、そのほかの相続対策にしても、早め早めの対処、専門家への相談が大切であることが大切です。

監修:近藤 崇氏(司法書士法人近藤事務所 司法書士)

監修:近藤 崇氏(司法書士法人近藤事務所 司法書士)

横浜市出身。横浜国立大学経営学部卒業。平成26年横浜市で司法書士事務所開設。平成30年に司法書士法人近藤事務所に法人化。


取扱い業務は相続全般、ベンチャー企業の商業登記法務など。相続分野では「孤独死」や「独居死」などで、空き家となってしまう不動産の取扱いが年々増加している事から「孤独死110番」を開設し、相談にあたっている。


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